アキバ系OL アニーのランニング日記

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法然院を後にし、今回の京都旅行の目的である安楽寺へ。
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曾おじいちゃんが安楽寺の住職をしていたので、お墓参りです。お墓参りは小さいころに行っていたようですが、すっかり忘れていました。その後訪れたときは、お墓の場所がわからずお寺のお参りだけで帰ってしまったので、今回はお花を持ってちゃんとお参りしようと思いました。

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11月から特別公開されていたので、中へ。現在の住職さんがいらっしゃったのでお話をさせていただき、曾おじいちゃんのお墓参りをしお花をおかせていただきました。お花をおいた途端に、ものすごい雨が降ってきたので、慌ててお寺の中へ。

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しばらく住職さんと曾おじいちゃんのお話をさせていただきました。

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庭を眺めながら、おじいちゃんが子どものときに夜外で人魂をみた!という話を思い出しました(笑)おじいちゃんが生きているあいだに、たくさん話をしておけばよかったなぁ…。
自分のルーツを知り考える、今回の旅の目的を果たしました。

ちなみに、安楽寺は、法然の弟子である住蓮上人と安楽上人にその名前の由来があるそうです。法然は、今からおよそ800年前、建永の法難の際に打ち首の刑に処された両上人の菩提を弔い、またその非業の死を後の世に伝えるため、山号寺号を「住蓮山安楽寺」としたお寺をお作りになりました。

なぜ処刑されたのか。
当時住蓮上人と安楽上人の話を聞いて魅了され、出家して仏門に入る人が多かったようです。その中に後鳥羽上皇の女官、松虫(まつむし)姫(ひめ)・鈴虫(すずむし)姫(ひめ)がおり、両姫は、容姿端麗、教養も豊かであったことからこ上皇の寵愛を受けていたそうです。しかし二人は出家を望み、二人の意志の強さに動かされ、ついに住蓮房は松虫姫を、安楽房は鈴虫姫を剃髪した。時に松虫姫は19歳、鈴虫姫は17歳。

これを知った上皇は激怒して、翌建永2年(1207)2月9日、住蓮房を近江国(おうみのくに)馬渕(まぶち)(現在の滋賀県近江八幡市)において、安楽房を京都六条河原(現在の東本願寺近く)において打ち首の刑になったそうです。
辞世の詠(うた)を住蓮房は「極楽に生まれむことのうれしさに 身をば佛にまかすなりけり」と、安楽房は「今はただ云う言の葉もなかりけり 南無阿弥陀仏のみ名のほかには」と残しました。この迫害は、これに止まらず、専修念仏の指揮者である法然上人を75歳の高齢にも拘らず讃岐国(さぬきのくに)(現在の香川県高松市)に流罪にし、弟子の親鸞聖人を越後国(現在の新潟県直江津市)に流罪の刑になりました。これを「建永の法難」といいます。


お寺を出ると、ものすごく降っていた雨がパタッと止みました。
14時を過ぎていたのでおなかがすき、近くのお店に豆腐会席を食べました。
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お店に入ったとたんに、またものすごい雨!歓迎されているかのように、外にでると止み、中に入るとものすごい雨になりました。
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